数秘術は当たるのか
数秘術は、当たります。
おくらが読むのは、当たっているところではなく、ずれているところです。
ねばねば! エネルギー!
おくらが切ります。
わぎりおくらです。数秘術をやっています。
はじめての方に、いちばんよく聞かれることがあります。
「数秘術って、当たるんですか」
当たります。その人のことを、驚くほど言い当てます。
でも、おくらが鑑定でやっているのは、当てることではありません。映すことです。
なぜそうなのかを、ここに書いておきます。
数秘術は、現実を映す鏡のひとつです
この世界に、自分という存在があります。
(つまり、あなた!)
そこには、まだ何にでもなれる可能性が、無限にあります。
けれど、鏡に映ると、姿がひとつに定まります。
映った瞬間に、無限だった可能性が、ひとつの姿になります。
たとえば、あなたが「現実」という鏡に映ると、その姿はひとつに定まるのです。
ところで、「現実」とはなんでしょう?
私たちは、目に見えるものを見て、耳に聞こえるものを聞いて、考えられることを考えています。
おくらは、それをシンプルに「現実」と呼んでいます。
さて、現実という鏡には、今現在の、楽しんでいる自分や、苦しんでいる自分が映ります。
けれどもそれは、現実が映したひとつの像にすぎません。
自分という無限の可能性を秘めた存在の、現実という世界での姿なのです。
そして、ここでやっと、数秘の登場です。
数秘も、鏡のひとつです。ホロスコープも、四柱推命も、算命学も同じ鏡です。
他人というのも、あなたを映す鏡のひとつです。
世界には、たくさんの鏡があります。
でも、同じ人が映っているのに、鏡ごとに像がちがいます。
つまり、世界には、たくさんのあなたが存在しているということです。
どれが正解ということはありません。
鏡に映っているのが、断面です
鏡に映るのは、ひとつの姿です。
けれど、あなたの全部ではありません。その鏡の向きで切り取った、一面です。
おくらはそれを、断面と呼んでいます。
おくらを輪切りにすると、断面に星が出ます。
切る前には見えません。切ったから、見えています。
鏡の向きが、切る場所です。
向きがちがえば、ちがう断面が出ます。
だから断面は、当てるものではありません。切ったら出るものです。
体と結びついた自分と、数字と結びついた自分
では、数秘の鏡と現実の鏡は、どこがちがうのでしょう?
向きがちがいます。
もう少しくわしく言うと、あなたを「何と結びつけて」映すかが、ちがいます。
まず、現実の鏡です。
現実の鏡に映るのは、体と結びついた自分です。
この体で、この環境で、この時代を生きているあなたが映ります。
たとえば、おなかが減れば機嫌が悪くなります。
寝不足なら、弱気になります。
まわりに合わせているうちに、いつのまにか形が変わっていきます。
体は今日の都合で動きますから、映る像も動くのです。
つぎに、数秘の鏡です。
数秘の鏡に映るのは、数字と結びついた自分です。
数字は、生年月日と名前だけでできています。
生まれたときに持っていたもの、それしか材料がありません。
育った環境も、いま生きている時代も、そのあいだに起きたことも、入っていません。
数字は今日の都合で動きませんから、映る像も動かないのです。
体が映っていない、ということではありませんよ。
数秘にも、体の動きを見る数字はあります。
ただそれは、生まれたときに持っていた体の動きかたであって、今日の体調ではありません。
まとめると、こうです。
数秘が映しているのは、生まれた日に切った断面。
現実が映しているのは、今日切った断面。
どちらが正しい、ではありません。
どちらも、あなたです。
結びついている相手が、ちがうだけです。
もう一枚あると、ずれが見えます
鏡がひとつだけだと、そこに映った像が、自分の全部のように見えてきます。
もう一枚あると、こうなります。
数字と結びついた自分は、こう出ている。
体と結びついた自分は、こう出ている。
ならべてみると、同じ人なのに、ずれているところが出てきます。
数秘が外れているから、ではありません。
現実がまちがっているから、でもありません。
体は今日の都合とまわりの都合で動き、数字は動きません。
動くものと動かないものをならべれば、ずれは出ます。体がある以上、かならず出ます。
そのずれが、考える取っかかりになります。
ひとりで考えているかぎり出てこなかった問いが、そこから出てきます。
なぜここだけちがって映るのだろう。
どこで変わったのだろう。
変わったのは体や環境の都合か、それとも自分で選んだのか。
おくらが数秘を使うのは、これをやるためです。当たっている鏡を探しているのではありません。体で動かない鏡を、もう一枚、横に置いているだけです。
だから「当たっているか」は、問いの立てどころがちがいます。当たっているのは前提です。読むのは、当たっているところではなく、ずれているところです。
ただし、鏡は磨いておきます。鏡が歪んでいると、歪みのぶんなのか、ほんとうのずれなのか、区別がつかなくなるからです。
数秘の鏡を磨くというのは、計算をきっちり合わせることです。だから計算だけは、間違えません。
かたよりを戻すと、気分がいいです
ずれそのものは、自然です。なくすものではありません。
ただ、どちらかにかたよりすぎると、バランスを崩します。
現実でも、数秘でも、同じです。
体のほうにかたよりすぎると、今日の都合とまわりの都合に振り回されます。
おなかと、寝不足と、まわりの顔色で、自分の形が決まっていきます。
いまの私たちは、こちらにかたよっていることが多いです。
数字のほうにかたよりすぎると、こんどは数字に自分をはめにいきます。
これは、次の節で書きますね。
ずれを見ると、自分がいまどちらにかたよっているかが分かります。
分かると、戻せます。
戻す先は、数字ではありません。まんなかです。
これをやると、気分がいいです。
理由は単純で、体とまわりの都合に合わせすぎている時間も、数字に合わせすぎている時間も、減るからです。
おくらの鑑定は、そのためにあります。
当てて終わりではなく、体と結びついた自分と、数字と結びついた自分をならべて、どこがどれくらいずれているか、どちらにかたよっているかを、一緒に見ます。
「1だからリーダーです」とは言いません
数字のほうにかたよりすぎる、というのが、これです。
「1だからリーダーです」。
数字と結びついた自分に「1」と出ているから、リーダーにならなければ、と自分をはめにいく。
これは戻しているのではなく、型をかぶせています。
人は「リーダー気質である」のではありません。「リーダーであろうとする動きが、そのつど立ち上がる」のです。おくらはこれを、ラベルから生起へ、と呼んでいます。生起は、そのつど起こる、ということです。
ラベルは固い。生起はやわらかい。
固いラベルを貼られると、人はそれに合わせようとして窮屈になります。1だからリーダーでいなければ、と思って疲れる。1なのにリーダーじゃない、と思って落ち込む。もったいない使い方です。
戻すというのは、型にはめることではありません。体や環境の都合で押さえつけられていた動きが、また立ち上がれるようにすることです。
数字は、性格の名札ではありません。生まれたときに持っていた動きの、断面です。それが、そのつど立ち上がります。
占いは、統計ではありません
「占いは何千年ぶんもの統計だ」と言う人もいます。
統計には、記録された台帳と、どこから取ったかという範囲と、たまたまではないと確かめる手続きが要ります。占いには、そのどれもありません。当たった話だけが語り継がれて、外れた話は数えられないまま消えます。
けれど、統計で証明されていないのに、占いは消えていません。どの土地にも、どの時代にもありました。科学の時代が来ても、まだあります。
なぜでしょう。
足場だからです。
ひとりでは解けない問題も、そばの誰かが「これ、さっきのと似ていない?」とひとこと言うだけで、解けてしまうことがあります。答えはもらっていません。考える取っかかりだけが、外から来ました。
占いは、それを、相手の顔色を見ずにやれます。
人に相談すると、相手が入ってきます。どう思われるか。傷つけないか。話すほど、自分の考えが相手の顔色のほうへ寄っていきます。
数字は、こちらの答えに気を悪くしません。判断しません。がっかりもしません。それでいて、外から言葉が来ます。
占いは、当てるために残ったのではありません。考えるために残りました。
頼りすぎになりませんか、と聞かれます
これも、よく聞かれます。
鏡に頼りすぎて、おかしくなる、ということはありません。
毎日見る時期があります。
何か月も見ない時期があります。
見なくても顔はありますし、見れば分かることがあります。
鏡から自立しよう、と考える人はいませんよね。
おかしくなるのは、頼ったときではありません。
映った像を、自分そのものだと思い込んだときです。
数字と結びついた自分も、像です。
無限だったあなたを、ひとつに定めたものです。
それを自分そのものだと思うと、さっきの「1だからリーダー」になります。
数字のほうへの、かたよりすぎです。
おくらも、開かない月があります。
何かが動いたときに、またならべます。
いったり、きたり。それくらいのものです。
ここまで読んでくださって
おくらの数秘術は、この考え方でやっています。
数秘の鏡に映った姿を、実際にひとりぶん切ってみた記事があります。おくらの中の人を切りました。
→ おくらが、おくらの中の人を切ってみました
自分の数字を出してみたい方は、無料の計算ツールへ。
→ 誕生数・運命数・実現数の計算ツール
12の数字をぜんぶ切って、最後に天命を名指しする基本鑑定書もあります。
→ 基本鑑定書
毎週月曜の朝には、noteで、その週の数秘占いを誕生数ごとに出しています。
→ https://note.com/wagiriokura
当たっているかは、気にしなくて大丈夫です。見るのは、ずれのほうです。
ねば、ねばーぎぶあっぷ🌱
文:わぎりおくら(わぎりおくらについて)